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イチゴの天ぷら、赤い蝶々
文芸評論家の小林秀雄は、友人で日本の詩人である中原中也とその詩『一つのメルヘン』についてこう書いている。「その誠実が彼を疲労させ、憔悴させる。彼は悲しげに放心の詩を歌う。川原が見える、蝶が見える。しかし中原は首を横に振る。いやいや、これは「一つのメルヘンだ!」だと。 この中原中也の詩がね、私はもう限りなく好きなんです。2003年の春のことでした。ちょうどこの詩のことを思い浮かべながら、ふと…甘く熟したイチゴを天ぷらにしてみようかな、と思いついたんです。あの時は、まだ誰もそんなことやっていなかったし、ちょっと勇気がいりましたけどね。でも、できあがったその味に、自分でも驚いたんです。これはいける、と。 そのレシピを持って、パリの大きな百貨店でデモンストレーションをしたんですけど、まあ、すごい反響でした。皆さん「なんて面白い発想なんだ!」って、たくさんのお客様が集まってくださいました。 でも一方でね、あの当時、パリで有名なお菓子屋さんの1人は、テレビの出演中に、イチゴの天ぷらについて、イチゴは火を通しませんとか、そういうことも言ってましたね。でも、イチゴのジャムを作るときは火を通しますよね。 また、日本人の女性の美食家の方からも、ちょっと厳しい言葉もいただきましたよ。「そんなの美味しくないでしょ」とか、「じゃあ食べさせてみてよ」なんて、ちょっと棘のある声もあって。でも、私はそれも含めて大事な経験だったと思っています。それがね、気がついたらもう20年。今では、イチゴの天ぷらって、フランスの料理界ではもうすっかり定着していて、普通の一皿になってるんです。あの時の挑戦が、こうやって少しずつ文化になっていくのを見るのは、やっぱり嬉しいですね。 私ね、花見をしながらイチゴの天ぷらを食べるのが本当に好きなんですよ。あの組み合わせ、ちょっと意外かもしれないけど、春を丸ごと味わっているような気がして、なんとも言えない幸せな時間なんです。 花見っていうのは、言ってみれば「春が来たよ」っていう自然からの合図みたいなもので、桜の花を眺めながら、その美しさにただただ酔いしれる時間ですよね。 でもね、「サクラ」って、ただの木の名前じゃないんです。もともと「サ」っていうのは、田んぼの神さまのことを指していたんですよ。その神さまが人間と一緒に過ごすために降りてきた場所、それが「クラ」。つまり「サクラ」っていうのは、神さまが宿るところなんです。 桜の花って、まるで稲の花のように、古くから儀式や神託の象徴でもあってね。でも咲いたと思ったら、あっという間に散って地面に落ちてしまうでしょう。そこがまた、日本人の心に響くんですよね。 だからこそ、散りゆく花びらの下で、家族や仲間と一緒にお弁当を広げて、歌ったり、お酒を飲んだり…そんなひとときが、日本人にとっては何よりの春の楽しみなんですよね。
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モンペリエの旅
縁とは誠に不思議なもので、味なことをしてくれる。男女の縁のことを言ってるのではなく、パリで開いている私の美味し道料理学校の女の子の生徒さんのことなんです。 遥かなる東の国の美味しいラーメンを、ここラングドックのセットの町の海辺で実現すために奮闘している料理人のお話です。 兎に角一生懸命に努力していましたが、 彼女が求めている日本の味のラーメンに辿り着けないでいました。そこでわたしが助っ人役を請け負ったとゆうわけです。 https://www.bimishido.fr/sushipourlasante ここで少しだけセットの町について話しておかなければなりませんね。ラングドックの海辺に広がる、まるで夢幻の中に迷い込んだような美しい港町で、この小さな町は、海と陸が織りなす絶妙なバランスが、訪れる者を心から魅了してくれます。 セットは地中海の輝く水平線と、青い空が織りなす美しいパレットの中に座して、朝日が昇り、海はキラキラと光り、夕日が沈むとその美しさはさらに際立ちます。太陽はここで踊り、波と風が旋律を奏でる。この港町の真骨頂は、その海がもたらす魚介類の宝庫と言ったところでしょう。皆さん、フランスに旅行に来られたら、是非まモンペリエまで足を伸ばしてください。とても素晴らしいところです。 モンペリエの街を走る路面電車とってもカラフルです。
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トゥールーズ
トゥールーズでのインタビューの記事を載せておきます。 (1) あなたはパリでレストランを経営されていますか?他にレストランはありますか? 現在、私はパリでレストランを経営していませんが、2002年にアカデミー美味し道の学校を創設し、新しい日本料理の教育に取り組んでいます。詳細については、こちらをご覧ください。 https://www.youtube.com/@chefhissaacademy (2) なぜトゥールーズに「アイシ・ラーメン」を開店したのですか? 私のラーメンとの出会いはこうした経緯です。特に思い出すのは、私のアカデミー美味し道の学校の生徒の一人です。彼女はとても勇敢な日本人料理人で、海の近く、セトの有名な街の近くで美味しいラーメンを作ろうと努力していました。しかし、どうしても日本のラーメンの味を再現することができませんでした。そこで、彼女から助けを求められた時、私は喜んで手を貸しました。 その頃から、アカデミー美味し道の学校でラーメンのコースを開講したいと思っていたので、今回は「アイシ」と共にそれを実現できたことを本当に嬉しく思っています。この取り組みはフランスだけでなく、ヨーロッパ全体に広めていきたいと考えています。 ちなみに、私はトゥールーズでのラーメンの旅に関する電子書籍を準備中です。すでに「ラーメンの旅 in オクシタニー」の本は出版されており、日本語とフランス語で書かれていますので、ご興味があればぜひご連絡ください。 (3) トゥールーズとの関係はありますか? 日本では印象派の絵画が特に人気があり、私も大好きです。トゥールーズ出身のアンリ ジャン ギヨーム・マルタンの作品「花を手に持って野原を歩く美しい若い女性」は、時間の流れを感じさせ、手から花が舞い落ちる様子がとても神秘的です。全体の光の色が混じり合い、彼女の白く輝くシルエットはまるで花の精のようです。この作品は私のお気に入りで、アンリ・マルタンはしばしば印象派の最後の画家と言われています。この絵はパリでも見ることができますが、トゥールーズで実際に見ることができたら、どんなに素晴らしいだろうと夢見ていました。また、絵の「ガロンヌ川のほとりのスケッチ」のように、実際にその場所を歩けたらと思っています。 (4) それはあなたにとって、または日本料理にとってどんな意味を持っていますか? アンリ ジャン ギヨーム・マルタンの時代から、日本の美術はパリで多くの注目を集めました。ヨーロッパの絵画は特に色、線、空間の融合を強調し、それらを貴重な芸術作品として扱いました。一方で、日本の絵画は線と色の面での調和によって空間を表現しようとしました。これはヨーロッパにはない美的スタイルでした。この時期、パリジャンたちはこれを「空間の曖昧さ」と呼びました。この新しい視点は、ヨーロッパの油絵に革命を起こしました。 フランス料理と日本料理の関係も非常に似ていると思います。印象派の時代と比べると、日本料理のブームは約100年遅れて到来しました。日本料理の独特の美的表現と美味しさ、そして健康的な食文化は、フランス料理と融合し、料理の世界を多様化させ、進化させています。ラーメンがヨーロッパ文化に根付き、どのように発展していくのか、私はとても楽しみにしています。確かなことは、私たちシェフがその革新の中心にいるということです。 (5) 「アイシ・ラーメン」にインスピレーションを与えた料理は何ですか? 私は「新日本料理」が最も適していると考えています。これは地域の特産物や季節の食材を使いながら、日本の精神を尊重して料理を作るスタイルです。 (6) トゥールーズでの「アイシ・ラーメン」のメニューはどのように考案されたのですか? トゥールーズに来る前、特にメニューや計画はありませんでした。しかし、レストランの工事が遅れていたので、最初は時間に余裕があり、毎朝ランニングをしていました。レンガ造りの街並み、白い雲、そして澄んだ青空が本当に美しく、私はガロンヌ川沿いを走るのが好きでした。 ある朝、公園を走っていると、大きな白い犬が私に向かって猛ダッシュしてきました。私は思わず「こんにちは!」と大声で言ったところ、その犬は止まり、私にキスをしてから、飼い主と思われる女性の元に戻っていきました。彼女は「ありがとうございます、うちの犬の一番好きな言葉なんです。素晴らしい一日を!」と言って去っていきました。 ガロンヌ川のほとりでは、春を告げる菜の花が風に揺れて咲いていて、非常に魅力的でした。これらのことを考えながら、私はこの街とその人々とのつながりを大切にして料理を作りたいという気持ちが湧いてきました。ラーメンは、スープ、麺、具材で構成されたシンプルな料理ですが、フランス料理の基礎である「出汁」の要素を取り入れています。私の目標は、体にも心にも優しいラーメンを作ることです。 トゥールーズにインスパイアされたベジタリアンラーメンの天ぷらをぜひお試しください。 (7) 良い日本料理を提供するためのカギは何ですか? 日本の精神で料理をすることが最も重要です。私の方法とアカデミー美味し道の学校はシンプルさを重視しています。それが美しさ、質、健康への道です。 私の方法はパリで開発され、世界中で認められているアート的で個人的な料理です。日本料理は単なる料理ではなく、日本の食文化や生活の一部として深く根付いています。これは伝統であり、生活の芸術です。今日はそのことを皆さんと共有したいと思っています。 https://www.bimishido.fr/sushipourlasante Chef Hissa
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Kaiseki.blog へようこそ。
竹内寿幸(Takeuchi Hisayuki)です。 私はこれまで、日本料理、フランス料理、そしてフランス菓子と、幾つもの異なった調理場を旅をしてきました。火を起こす事を学び、水の不思議を知り、季節と対話しながら、お皿の上に“今”というアートを表現してきました。 料理とは、単に素材を扱うことではなく、自然を前にして心でしっかりと向き合うことだと、私は思っています。そしてそれが最も端的に、シンプルに、そして美しく現れるのがKaiseki「会席、懐石、かいせき」──の世界だと思っています。 ひと皿の中に四季と色があり、余白に宇宙が、そして献立の流れの中に、人の生きる姿が映る。これは技術の話だけではありません。日本人の精神のお話です。食べる人の呼吸と、創る人の呼吸が、静かに共鳴するような、一期一会の心の詩のようなもの。 このブログでは、食に興味がある全ての人たちと共有していきたいと言う思いから、このブログを始めることにしました。また、Kaisekiの伝統的なスタイルを大切にしながらながら、未来に向けて新しKaisekiを発信していきたいと思ってます。 このKaiseki.blogが、あなた自身の“味覚の旅”のはじまりとなれば嬉しく思います。味の記憶は過去からの未来へのメッセージである。 Chef Hissa さあ、一緒に味わっていきましょう。 志野焼き茶碗 荒川さん作